浜松町の過緊張・強ストレスのためのプライベートサロン、オーナーの真由美です。
東京で育つのは「恵まれている?」
少し残暑っぽくなってきたかな?と思いきや、今日はまた息苦しいほどの暑さでしたね。
8月も残り少なくなってきましたが、今年の夏は子供の大学のオープンキャンパス巡りで、いくつか大学へ行きました。
オープンキャンパスって??って思った方は・・・仲間です。
オープンキャンパスとは、大学が受験生のために開催するイベント。
キャンパス内に入って見学できたり、模擬授業を受けたりできます。こんな親切なイベント、私が受験生だった頃にはなかったはず・・・(ですよね、アラフィフの皆様!)
大学によってはキャンパスツアーが組まれたり、在校生と個別相談や先生と話せたりなど様々で、久しぶりに大学の構内に入れた私は大興奮。
子供の志望する学部は私とは全く違うのですが、模擬授業が楽しくて・・・!
あぁ〜もう一度大学生をやりたい。もう一度大学生になれるならこの学部もいいな、いやあの学部もいいかも〜なんて。
仕事のことを考えず思いっきり勉強だけできたあの頃がどれだけありがたい環境だったか当時は分からなかった。バイトに遊びに明け暮れて、我ながらレイジーな大学生だったと思っています。
働くのは社会人になってもできるので、いや、社会人になったら働くしかないので(涙)、学生だけできたら良かったんですけど経済的事情でバイトせざるを得なかった大学生活でした。
さて、某大学にて在校生さんとお話しさせていただく場がありました。
とても賢く優しい学生さんで聡明な子だなと思う一方で、気になったことがありました。
某地方の出身で、大学進学を機に東京に上京してきたというその学生さん。とても良い子なのですが言葉の端々に「東京の恵まれた子供と違って自分は苦労した、東京はいいですよね〜」と何度も言うのですよね。
わかる。そう思うのもわかる。
私、出身で言うと東京になりますが、両親は関西の超絶田舎の出身で、日本昔ばなしに出てきそうなところに先祖代々のお墓があります。
子供の頃から東京と田舎を行ったり来たりしながら育ちました。
確かに東京は選択肢がたくさんあって、そういう意味では恵まれていると言えるのですが、私自身東京で子育てしてきて東京で暮らすことが全部恵まれていることばかりなのかというと、そうも言えないと思っていて。
これは「都会VS田舎論争」みたいになって、正解はないのかもしれません。
少なくとも東京で暮らすのはキラキラばかりじゃないし、楽じゃないと私は思っています。
心身ともにすり減って、もう限界・・っていう人も多いし、仕事など環境が整ったら田舎に行きたいと思っている人も少なくない。
過緊張・強ストレスが「普通」になってしまう
なんなら東京で生まれ育った人は、過緊張・強ストレス状態を生まれた頃から当たり前に感じていて、逃し方とかも分からないし、自覚すらしてないと思っています。
自律神経のアンバランスが限界超えて、パニック発作や何らかの見た目でわかる症状とかが出てくるまで抱えている人も多いんですよね。
それは私自身が25歳の時にいきなり電車の中で息ができなくなり、30件以上の病院に行っても原因すら分からず、いろんな不調に苦しめられ、過緊張・強ストレスという概念に気づくまで何年もかかったから。
自分のコップにジャージャーと容赦無く水を入れられて、じゃーっと捨ててもまた水を入れられる感覚というか。
これを自分1人でバランス取るの、難しいんですよね。
というか、無理だと思ってます私は。
だから、浜松町に「休戦所」をつくっています。
だから都会のど真ん中、浜松町に一時撤退するための休戦所を作っています。
最近リトリートという言葉が広く知られるようになってきましたが、”retreat” という言葉には、もともと「退く」「撤退する」という意味があります。
私がこの言葉で好きなのは、「ただ休むのではなく、いったん戦線を離れる」という感覚。
この、「いったん」に意味がある。
整えて、また勝つために進む。
私はそれを「一時撤退」と呼んでいます。
20代半ばは、会社が休みの日といえば病院行脚でした。
それが50代になった今、なんなら当時より体力も見た目も逆転しているかも、と思うことがあります。
ストレスのない人生になったわけではありません。
性格が変わって、何事にも動じない穏やかな人間になったわけでもない(笑)
長女で責任感強いままなのは変わりないし、経営者として常に過緊張と強ストレス状態なままだと思います。
ただ、一時撤退してさらに大きくジャンプする方法がわかったんです。
整えて、また進む。
そんな「一時撤退」ができる場所が、浜松町の休戦所。
ここが、かつての私のように不調を抱えながら走り続けている誰かの、休戦所になったらいいなと思っています。

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